夕日に照らされ茜色


 乱太郎は歌いながら道を歩く。手にしたスーパーのビニール袋には大特価で売られていた、割れたりかけたりしているおかき。彼女の恋人は洋菓子よりも和菓子が好きで、綺麗な形のおせんべいよりも、上品な味のおせんべいよりも、しょうゆ味の濃い固焼きおかきが好きで、割れてようがかけてようが気にしない。
 クラスメイトのユキが貸してくれたCDの歌を口ずさみ、夕暮れの道を一人歩く。
 足元にはせいたかのっぽの影法師。
 ユキ曰く、このミュージシャンは泣かせる女、らしい。確かに、聞いて胸がぎゅっとなった。それは多分今、凄く好きな恋人が居るからに違いないと乱太郎は思う。
「乱太郎っ!!」
 聞きなれた声を聞き、乱太郎は足を止める。と同時に、凄まじい勢いで抱きつかれ、思わずひっくり転げそうになった。
「うおー、乱太郎と休日まで会えるなんて、もう、コレは運命だなっ!俺と乱太郎は赤い糸でぐるぐるまきだ!」
「何の運命さ、何のっ!ちょっと、団蔵重いー、どけー、潰れるー!」
 クラスメイトの加藤団蔵にぎゅうと抱きしめられながら、乱太郎はもがいた。
「お、ごめんごめん」
 団蔵は軽く謝って、乱太郎を解放する。
「あ、ねえ、あれ団蔵の帽子じゃない?」
 乱太郎がアスファルトの上に落ちている帽子を指差すと、団蔵は慌てて取って返し、すぐに戻ってくる。さっと払ってから、被りなおす。真っ赤な帽子は精悍な団蔵によく似合うと乱太郎は思った。
 団蔵は乱太郎の手にあるスーパーの袋をちらと見て、買い物かと尋ねた。
「うん、そう。おかきを買いにね」
 へーちゃんおかき大好きだから。
「なに、乱太郎んちはおかき常備か?兵太夫の為に」
「うん、へーちゃんがいつ来ても良い様にね。おかきと緑茶出してあげた時ね、へーちゃん凄く可愛いからねー」
 頬をちょっと染めて、笑う乱太郎。
「可愛いぃ?兵太夫が?いや、ありえねえよ。あのドSのどこが可愛いんだよ。可愛いのはむしろ乱太郎だろ」
「あのね、へーちゃんね、おかき食べた瞬間ね、ほにゃんとなるの。顔が。それがもう、すっごく可愛いんだよ!」
 乱太郎の力説を聞いた団蔵が首をかしげる。そして、それが可愛いか?と聞き返すと、乱太郎は顔を紅潮させ当然じゃない!と言い切った。
「あのちょっと澄ましてクールなへーちゃんがだよ?ほにゃんってなるんだよ?可愛くないわけ無いじゃない!あのギャップがたまらないぐらいに可愛いんだよ!」
「いや、だから、可愛いのは乱太郎で、アイツは可愛くない」
「団蔵も見たらきっと可愛いって思うよ!だけどもったいないから見せてあげなーい」
 私だけの秘密だからね、と言って乱太郎は笑う。 
 団蔵は涙ぐみながら、俺の乱太郎は可愛い発言はスルーされているわけね、と心の中で愚痴る。
 聞きたい部分しか聞かない乱太郎を少しばかり憎く思いながら、団蔵は乱太郎の隣を歩く。
 乱太郎は団蔵に、恋人の笹山兵太夫がどれだけ可愛いか力説をした。
 乱れた前髪を直してあげたら赤くなっただとか、彼が口付けするより先に鼻の頭に口付けたら真っ赤になってしゃがみこんでしまっただとか、あんまり天邪鬼が過ぎるものだからそんなへーちゃんは嫌いと言ったら兵太夫の目に涙が滲んでいただとか、精巧なからくり人形に感動し見入る横顔だとか、それら全てが乱太郎の目には可愛くて可愛くて仕方が無いようだ。
 本当にへーちゃんは可愛いんだよと締めくくり、すっきりした顔で団蔵の横を歩く。
 惚気られてしまった団蔵は涙目。
 何を隠そう、団蔵も乱太郎を好きだった。
 加藤団蔵十六歳、甘酸っぱい青春の日々、である。
「団蔵」
「うん?」
「へーちゃん盗ったら怒るからね」
「…………とらねえよ。とらねーよ、つか誰がいるよ兵太夫。むしろ乱太郎をとりてえよ」
「冗談、冗談!泣かないで。ごめんね」
「乱太郎の冗談は、マジ趣味悪ぃんだよ」
 口をへの字に曲げる団蔵に、乱太郎はごめんっごめんったら団蔵!と手を合わせて謝った。あんまり一生懸命乱太郎が謝るので、団蔵はにいっと笑い、冗談だとばらすと今度は乱太郎が団蔵の馬鹿!と言って、団蔵の胸を叩く。力の込められていないそれが、嬉しいやらくすぐったいやらで、団蔵は声を上げて笑った。
 どうやら、そんな二人の様子がいちゃついているかの様に映ったらしい。この、乱太郎の恋人笹山兵太夫の目には――――。
「団蔵、ちょっと裏まで顔を貸せ」
「あ、へーちゃん」
 嬉しそうな声を上げる乱太郎。
 反対に団蔵は嫌そうな声を上げた。
「げっ、兵太夫!っていうか、お前剣道部、だよな?」
「そうだけれど、それが何」
「いやぁ、どうして金属バットを手にしているのかなあと」
「あぁ、これ?団蔵は木刀の方がお好みか?」
「いやいやいやいや、どっちも好みじゃねーから!まずはその凶器をぽいしてくれ!話しはそれからだ!」
「じゃあ、団蔵は俺の乱太郎から離れてくれよ。できる事なら半径一メートル以内には入るな。臭いが移る。団蔵の臭いが乱太郎からしたら、俺は乱太郎をどうするか分からないからな。乱太郎に移るのは俺の匂いだけで良いんだ」
「なあ、兵太夫。俺な、思うんだけどよ」
「思わなくて良いからさっさと乱太郎から離れろ。乱太郎の肩に触れたら、社会から抹殺してやるぞ」
 暗い目で威嚇する兵太夫に団蔵は深く深くため息をついた。
 兵太夫は所謂良家で、先ほど彼が言った言葉を実行できるだけの力も、彼の家は持っていた。何でこういうあぶねえ奴に限って、そういう力を持ってるかなあ、ぶつくさ言いながら団蔵は乱太郎から少し距離を取った。
 兵太夫は先までのおどろおどろしい空気を霧散させ、クラスの女子や先輩後輩をきゃあきゃあ言わせる凛々しい笑みを浮かべ、乱太郎の名前を呼んだ。
「乱太郎」
「へーちゃん、こんにちは」
「こんにちは、乱太郎。買い物だったのか?」
「うん、そう。へーちゃんのためのおかきを買いにね」
「俺のため、ね。じゃあ、折角だから、今日このまま寄っても良いか?」
「うん、いーよ!今日さ、夕飯も食べていきなよ」
「良いのか?」
「いーのいーの、今日は父ちゃんも母ちゃんも居ないから!一人で晩御飯寂しいし。へーちゃん居てくれると心強い…………って、どうしたの?へーちゃんも団蔵も」
 頭を抱える兵太夫と酷く動揺した顔の団蔵を見て、乱太郎は不思議そうに首をかしげる。
「乱太郎、止めろ止めろやめておけ!自分が可愛いなら、ほんとに止めろ!食われるぞ」
 必死に乱太郎を説得する団蔵。兵太夫は団蔵の背中に見事な足跡をつけてやりながら、人を強姦魔のように言うな不愉快だ!と言った。
「あのな、乱太郎。信頼してくれるのは嬉しいけど」
 でも、その信頼にこたえられる自信がない。
 兵太夫が正直に告白すると、乱太郎はきょとんとした顔で、へーちゃんは信頼にこたえられる人だよ、凄い人だよ、信頼できる頼れる恋人だよ、と兵太夫を持ち上げた。どうやら彼女は勘違いしているらしい。
 兵太夫は真っ赤な顔でどうにか乱太郎に分からせようと、口を開きかけた。
 ふいに、ニヤニヤと笑う団蔵が視界に入り、苛立ち紛れに団蔵の額を拳で打ってから、乱太郎に言った。もしかしたら、俺は乱太郎を襲うかもしれないぞと。
 乱太郎はやっぱりわかって居ない顔で、へーちゃんは私を襲撃なんてしないよ、だってへーちゃんはテロリストでもなんでもない善良な市民だもん、いい人だもんと言う。兵太夫はがくりと脱力し、どうしてそういう方向で勘違いするんだと心の中でぼやいた。
「わかった」
「うん?」
「一緒に夕飯食べよう」
「ほんと?ほんとに良いの?」
「嘘なんて言ってどうするのさ。ね、そんなに嬉しい?俺が乱太郎の家に行くの」
「もちろん!凄く嬉しいよ。あ、団蔵も来ない?」
「え、俺も良いの?」
「うん、仲間はずれなんてしないよ」
「うん、行く行く!」
 嬉しそうに頷く団蔵の胸倉を掴み、兵太夫は低い声で、
「こういう場合は遠慮するだろ、普通は」
 と言った。それは慣れぬ者が見たら随分心臓に悪い光景であったが、団蔵は常日頃兵太夫からこういう扱いを受けていたので、いい意味でも悪い意味でも慣れてしまっていた。
 恐ろしい視線と殺気をけろっとした表情で受け止め、団蔵はニヤニヤ笑いながら、
「だって乱太郎ちゃんからのお誘いだしなー?断るわけにはいかねーよなー。それにどこぞの笹山さんが乱太郎に悪さするのを阻止しねーとなんねーしなあ」
「団蔵、この馬鹿、黙れっ!」
「やーだねっ!俺だって乱太郎が大好きだったんだから、もうちょっと引っ掻き回してやるっ」
 べえっと舌を出す、団蔵。兵太夫はこめかみを痙攣させ、後で覚えて居ろよと団蔵を脅すが、覚えてられねーよと笑う団蔵。乱太郎は声を立てて笑いながら、さあ、家に帰ろうよと二人を促した。
 団蔵と兵太夫は顔を見合わせて、肩をちょっとすくめた。
「行くか」
 と兵太夫が促すと、団蔵は良いのかと言いたげな顔で兵太夫を見る。
「今回だけ、な」
 乱太郎が良いと言うからと拗ねたような表情の兵太夫に、団蔵は笑った。どんだけ乱太郎の尻に敷かれているんだよと、余計な事を言って兵太夫から脛を蹴り飛ばされた。
 脛を抱えて飛び跳ねる団蔵を笑う兵太夫。
「もう、へーちゃんも団蔵も早くっ!」
 じれたように乱太郎が少し大きな声で二人を呼んだ。
 左側に兵太夫、右側に団蔵、真ん中に乱太郎。
 三人仲良く並んで歩く。
 夕日に照らされ茜色に染まった道を――――。










 おまけ
「そういや、気になったんだけどさ」
「どしたの、団蔵?」
「最近、乱太郎、制服以外はズボンだよなー。どうしてスカート履かなくなったんだよ」
「うん?だって、へーちゃんがさぁ、自分と会う時以外は履いちゃ駄目って言うんだもん」
「げっ、どれだけ嫉妬深い彼氏なんだよ、兵太夫。つーか、お前、どんだけ俺の楽しみ奪うつもりだよ。乱太郎の足を見るのが楽しみだったのに」
「人の恋人変な目で見てんじゃねーよ。蹴るぞ?」
「蹴った後でいうんじゃねーよ!つーか、足癖悪ぃなあ」
「誰のせいだ、誰の?」
「乱太郎、嫉妬深い恋人に付き合い切れなくなったら、俺と付き合おうな」
「団蔵っ!!!!」
「もー、へーちゃんも団蔵も、置いてっちゃうからねっ!」








ニブチン!乱太郎!かわいい!!!!
終始アプローチをスルーされている団蔵どんまいです。乱太郎はスルー検定1級だからしかたない。しかたない。
プライド高い兵太夫が無防備にぼりっぼりおかき食べるとことか、カラクリに夢中になってるとこを見せるのは乱太郎以外いないんだろうなあ。
それを「可愛い」って堂々と言えちゃう乱太郎が、団蔵じゃないけど本当にかわいい。おまえがかわいい。
あーなんで暁の隣に乱太郎いないんだろう。世界の科学者は、核とかどうでもいいから、液晶をどうにかする技術を開発するべきである。
アオイさん、暁の欲望をこんなに素敵な形にしてくださって本当にありがとうございました! いくら感謝してもしたりないです大好きうっへへへ!!