彼はいつも大らかで寛容で包容力があって、あまりに猛々しい、その精神。
「虎若って焼きもちとか妬かないよね」
「・・・・あー、ごめん」
「え?何で?」
「え、妬いてほしいとかじゃなくて?」
「違うよ、違う。むしろ、虎若はいつも大らかで凄いと思う」
「んー・・・・そうでもないけどな」
乱太郎が知らないだけ。火縄銃の手入れをする彼が何となしにそう呟いた。筒の中を丁寧に専用の道具で掃除する手付きはやはり慣れたもので、乱太郎は思わず目を見張ってしまう。
すると、そんな乱太郎の目線に気付いた虎若が可笑しそうに笑った。どうして笑うの。乱太郎が憮然とした表情で彼に問う。
だってさ、まるで子どもみたいだから。穏やかに笑い続ける虎若が乱太郎の柔らかな髪をそっと大きな掌で撫でた。嗚呼、なんて心地良い。乱太郎は目を閉じる。
もしも自分が猫であったなら、きっと喉の奥をごろごろ鳴らしているのだろう。もしも自分が犬であったなら、きっと毛で覆われた尾をぱたぱた振っているのだろう。
そんなまるで有り得ない想像を胸の内に抱きながら、乱太郎は彼と二人で座る縁側にごろりと寝転がった。暖かな日差しが自分の身体を程良く照らしてくれるので急激な眠気に襲われる。
「寝ていいよ」
「んー・・・でも」
「保健委員は昨日も徹夜だって聞いた」
不運だ何だと言われている保健委員会はとても忙しい。忍者のたまご達は怪我と無縁になる事がないし、場合に寄っては先生や学園外の者までもが治療を求めてくる。
だからこそ保健委員会の活動はある意味で何処の委員会よりも活発だった。薬草が足りなくなればすぐさま委員総出で山に登り、何処かの学年で実習中に怪我人が続出したと聞けば夜中であろうとも治療に赴く。
それ故に昼間の保健委員が欠伸を切らす事はない。乱太郎の様に長年ずっと保健委員会に所属する忍たまは次第に身体が慣れてくるものらしいが、それでも疲れを感じない筈はなかった。
「(此の数年で、色んな事が変わった)」
戦乱の世に生まれた者の定めか否か。戦というものが飽きる事なく繰り返されてしまう現状。事実、虎若の生まれた佐武村は其の出陣率が昔よりもかなり多くなっていた。
そして、同じくらい世の中には火縄銃を越える南蛮渡来の武器が溢れ返っているのだ。正直、それを疎ましく思うのが自分の本音。虎若は憶う。
まだ自分が十三であった頃、自分に火縄銃の心得を教えてくれた人が言ったのだ。とても寂しく、厳しい表情で、自分にある「現実」を聞かせたのだ。
『若太夫、佐武が終わる時にお前は』
鉄砲集団の佐武衆が必要とされない時代。それは必ずやってくる。其の時、佐武を率いるのはきっと自分に違いない。
父の代がいつまでも続く訳はなく、いつか自分に当主の代が移される。戦火の飛び交う此の現状で自分は本当に佐武を引っ張っていけるのか。
必要とされない火縄銃の衆を、巨大な南蛮渡来の武器を前にして、本当に導いてやれるのか。結局、犬死にで不様な最期を迎えさせてしまうのではないか。
「皮肉だよな、お前が疲れてる理由と佐武が滅ぶ理由が一緒だなんて」
昔の保健委員会はもっと時間に余裕があった筈。昔の佐武衆はもっと皆が笑顔を見せていた筈。嗚呼、それなのに。
人の叫びが耳を貫く。自分の放った弾が人を撃つ。倒れ逝く亡骸を踏み越え、僅かに聞こえた呻き声すら素通りし、俺は何を見た。
戦場に漂う硝煙と血の匂い、ただ、それらに鉛の弾を撃ちこんだというだけで。俺は地獄を見たのだ。限りない終焉を。
「(確かに此の目で見た)」
いつか佐武もああなるに違いない。火縄銃の衆が不可欠とされた時代もそろそろ終わる。虎若は奥歯を噛みしめた。
ギリッ、と痛みを伴う小さな音が口の中に広がる。鉄の味を携え、じんわりと広がっていく。嗤わせるな、若太夫。そんな事は最初からわかっていた筈だろう。
「虎若、ねぇ、どうしたの」
「え?」
「殺気なんか出さないで、怖いよ、どうしたの」
「何でもない、ごめん」
「嘘だ、何でもないとか、そんなの嘘だ」
こんな時の乱太郎から逃れる事は絶対に出来ない。それは必ずしも乱太郎がそうさせる訳ではないのだけど、強制でも無理矢理にでもなく此方側の口を割らせてしまう乱太郎の鋭さはきっと一種の才能に違いなかった。
やれやれ。虎若が肩をすくめながら浅い息を吐く。色恋沙汰には限りなく鈍いというのに、どうして彼は時として誰よりも勘が優れているのか。
「悩み事?」
「まぁな」
「聞いてもいい?」
「出来れば聞かないでくれ」
「うん、わかった」
話す程の事ではない、話していい事でもない。佐武に生まれた身の上で此れは自分の中に押し留めておくべきもの。
だから、全く佐武に縁もゆかりも無い「猪名寺乱太郎」を此方側に引き込むのは「佐武虎若」として快い事ではなかった。
「ごめんな、乱太郎」
「いいよ、私は女じゃない」
「・・・そうだな」
女じゃない。其の言葉で何かを悟る。感情論で此方を識りたいと思う訳ではない、と乱太郎は遠回しに言っていた。
しかし、虎若は思う。万が一に彼が女であったならばどんなに楽だったろう。感情を振り乱してくれたのか、あなたの傍にいたい、と縋ってくれたのか。
自分の子を孕んでくれたのか。でも、そうなってしまえばきっとそれは「乱太郎」じゃない。一人の女だ。自分の好いた男を此の手で「殺す」事は出来ない。
嗚呼、なんて馬鹿馬鹿しい。普段の自分を寛容だとか大らかだとか言う輩が何を思おうとも、実際の自分はこんなにも醜いのだ。
想像の中で「猪名寺乱太郎」を汚し、殺し、一人の女に仕立て上げては自分の欲を解消させる。嗚呼、なんて愚かしい、おこがましい。
「(なんて、恐ろしい)」
滅び逝く佐武の終焉りを自分は見たのだ。確かに何処ぞの誰かも知らぬ人の死に其れを見た。戻る事を識らない時代の渦に巻き込まれ、自分の放つ銃弾もいづれは此の胸を貫くだろう。
因果応報。戦乱の勢いは年を重ねる毎に増していき、田畑を荒らされ、火をつけられ、若い娘や幼い子を奪われ、家畜を殺され、世の中が死んでいく。
何が最強の鉄砲集団か。よくよく考えずとも答えは明白、こんなの唯の人殺しだ。自分の育った村は人殺しの集まりに過ぎないのだ。
報酬さえ貰えるならば何処にでも赴き、例え戦う相手が誰であろうとも何であろうとも火縄の銃に弾を込める。そうだ、落した城には幼い子だっていたのだろう。
自分の放つ弾が何を撃つかなどいちいち把握する訳もない。暗い影の下で「誰か」を狙うなら、まだしも。硝煙の匂いに頭が狂う。
「虎若、こないだ村に帰ったね・・・・それは」
「佐武に来た依頼の、手伝い」
「・・・そうだったのか」
「人手が足りないって、父ちゃんが」
いづれ佐武を継承する者、父の後を継ぐ者、そんな重圧に苛まれるだけの日々。一体いつからだ。俺はいつからこんなものを背負う羽目になった。
いっそ、誰も知らない遠い何処かに消えてしまいたいとすら思う。戦のない場所に、人を殺さなくて良い場所に。だけど、そんな事は有り得ない。
絶対に有り得ない。もし、本当にそれを望むというのなら、どうして此の場所にいる。どうして彼の隣にいる。恐れを成して逃げたいと思うくらいならば、どうして火縄を捨てない。
どうしていつまでもしがみつく。今はもう佐武にいない師の背中すら見失って、俺は真に何を望むんだ。彼に何を望むんだ。
「自分を憎んでる?」
「どうだろう」
「私は、忍者になりたいと思うから、こういうのは言うべきじゃないんだけど」
「ああ」
「醒星さんは虎若に苦しんでほしいから、佐武を離れた訳じゃないと思うよ」
「・・・わかってる」
限りなく近い先の未来、其処に必ず佐武の存在が在るなんて誰も言えなかった。そして、あの人は佐武を離れたのだ。
佐武を見捨てたのだ。最初はそう思う以外に道がなかった。何も言わぬ父を恨み、黙って首を振る仲間に憤り、別れの言葉一つくれなかった師を憎む。
何故、何故ですか、醒星さん。佐武が必要とされない時代がいづれ来ると俺に教えてくれた貴方が、何故。どうして俺を見捨てるんですか。
「乱太郎・・・俺は、さぁ・・・っ」
「うん」
「醒星さんみたいになりたくて」
「うん」
「あの人みたいな、狙撃主になって」
「うん」
本当はわかってます、わかっているんです、醒星さん。貴方は佐武を捨てた訳じゃない。俺を見放した訳じゃない。わかっていたんです。
でも、どうしたって受け入れられない現実が目の前にある。海の向こうに在る「何か」が佐武の存在を追いやると知った時、俺はどうしたらいいかわからなくて。何一つわからなくて。
『若太夫、佐武が終わる時にお前は私を恨むだろう』
貴方の言う通りでした。俺は大らかでも寛容でもなく、心の狭い駄目な奴で。誰より尊敬する貴方を恨み、父を恨み、火縄を恨み、学園を恨んだ。
『しかし、お前が望むなら、私は残された「佐武」と共に生きていく』
差し出された手を取れず、迷い、困惑し、師の元を走り去った。嘘だ、嘘だ、佐武が終わるなんて嘘だ。
最強の鉄砲集団と恐れられた佐武が必要とされない、だなんて、そんなのは嘘だ。あの人の吐いた酷い嘘だ。
「醒星さんは、虎若が来るのを待ってるんじゃない?」
「・・・・わかってる」
十三の夏以来、醒星さんとは逢っていない。卒業した田村先輩が自分の元を訪れ、今は諸国の城を回って兵士たちに狙撃を教授してると教えてくれた。自分もそんな醒星さんの下で学び、重火器の腕を磨いている、と。
『虎若、醒星さんがお前を気遣ってらしたぞ』
何を今更、佐武を見放しておきながら虫のいい話だ。田村先輩の話に耳を貸さず、部屋の隅に蹲った十四の冬。俺は泣いた。
戦火を纏う世の中は時が進むにつれて色んな物を変化させる。友好だった城同士の仲を裂き、南蛮渡来の武器を止め処なく増やし、元から在るものを徐々に荒廃させていくのだろう。
そんな時、俺は父の頼みを受けて佐武衆と共にある小さな国を落した。最強と謳われる火縄の腕は健在であるらしい。
だが、所詮は人の血を流すだけの生業。幼い頃は火縄銃を構える父の姿に憧れたものだが、今は素直にそうも言えない。佐武虎若、何を迷う。
火縄銃に全てを懸けると信じた幼い自分を違えるのか。守りたい者を守る為に放つと決めた弾丸を自らの手で砕くのか。
此の手で、彼を守りたいと想う心を消し去るのか、若太夫。もしそうだと言うのなら、俺は一体何の為に、誰の為に。
「私に、自分の傍にいてほしい、とは言ってくれないの」
「言わない」
「知ってる、だから私も言わない」
お互いの気持ちを挫く事は出来ない。彼の中にある「男」を殺す事は出来ない。嗚呼、なんて猛々しい、その精神。
だからこそ乱太郎は彼の心に寄り添った。それ故に乱太郎は虎若の隣で「友」の顔をした。変わり往く世の中で彼が何を憶うか。
それがわからない程に自分は幼くもないのだから、と胸の内に言い聞かせて。唯、愛しい心に寄り添うだけで。彼らは、虚空の空に想いを放った。
「・・・あのさ」
「何?」
「俺、これでも結構嫉妬深いよ」
「そうなんだ、見た事ないけど」
「ほんと、ほんと、団蔵にでも聞いてみな」
撃ち放つ心は勇猛につき
end
:
余裕を失って焦る虎若を、なだめるでも鼓舞するでもなく、ただ隣に佇む乱太郎の姿が切なくていじらしくて…!
すべてを受け入れるつもりの乱太郎をあえて突っぱねてるのに、手離そうとしない虎ちゃんも大概ずるいなあ。
誰かが横から手を出そうとしたら、容赦なくひっぱたくに違いないです。え、これ焦らしプレイ? 罠?
はたから見たらおっとりそうな虎乱が、こんなに危うい雰囲気だなんて、暁のハートをがっちり捕らえて離しません…動悸がやばいしぬ
暁が死んだら舞ちゃんのせいです。
最後になりましたが、超素敵虎乱をほんとうにありがとうございました!! 舞ちゃん大好きぺろぺろ!!!