※成長 ずっと気づかない鈍感な君。 もしもの話をしよう。 そう言った兵太夫の目はとても優しく、心なしか寂しそうで。 ぎょっと驚きながらも、はてと乱太郎は首を傾げた。 彼はこんな顔を、こんな目をするような奴だったのかと。 四年間付き合ってきたが、こんな目をした兵太夫を、乱太郎は初めて見た。 しかし、何故急にこんな話を振ってきたのだろうか。 乱太郎はこの日、いつも通り医務室の薬品棚の整理をしていた。 今日は怪我人もなく、いい事だと機嫌良く鼻歌を歌っていた。 そんな時、見知った気配が医務室の前に。 何だどうしたと思いながら、急用でも無さそうなので、のんびりと襖を開ける。 すると予想通り、同級生でクラスメート、そして長年の友人である笹山兵太夫の姿。 どうしたの兵太夫、どこか怪我でもした?と聞けば、いやそうじゃないんだとあっさり否定の言葉。 それならば何だと聞こうとしたが、とりあえず中に通そうと思い直し、どうぞと一歩身を引いた。 ありがとうと苦笑しながら、兵太夫は何の躊躇いもなく入る。 これは益々訳が分からないと首を傾げつつも、襖を閉めた。 中に入りお互いが腰を下ろすと、実はねと兵太夫が口を開く。 どうやら改まった話らしいと、乱太郎は身構える。 しかし、そんな乱太郎の意気込みを余所に、兵太夫の持ち込んできた話は、全く予想外の物だった。 「好きな子が、出来たんだ」 「………へぇ」 そうなんだ、それは良かったねえと乱太郎が笑顔で言い放てば、反応が薄いなあと兵太夫が笑う。 しかし乱太郎からして見れば、それは当然というものだ。 いきなり医務室に訪れ、何を話し出すかと思えば、色恋沙汰で。 乱太郎が色恋にまだまだ疎いと知った上でのこの相談事。 しかも、乱太郎と兵太夫は確かに周りから見ても当人同士からでも仲が良いが、何でも話し合うという訳ではない。 むしろそれは、乱太郎で言う摂津のきり丸や福冨しんべヱの立場であるし、兵太夫で言う夢前三治郎の方だろう。 ならば何故わざわざこの自分にそんな話を持ち込んできたのだろうか。 そんな乱太郎の疑心を知ってか知らずか、兵太夫は更に話し出す。 「自覚したのが、最近の話なんだ」 「ふぅん、そうなんだ」 「最初は戸惑った、悩んだりもしたし」 「兵ちゃんでもそんな事があるんだねー」 「失礼だなあ」 「ごめんごめん、冗談だって」 「分かってるよ、気にしてないって。で、そいつが色んな奴に好かれてて、まあ平たく言えば敵が多いんだ」 「へー。その人、すごく可愛いの?」 「ああ。顔も可愛いし性格もいいしで、まあ当然っちゃ当然かな」 「兵太夫がそう言うなんて、よっぽどだね」 「それ褒めてんのか?それとも貶してんのか?」 「んー、どっちも、かな?」 軽口を言い合えるほどには、彼は追い込まれてはいないらしい。 誰なのだろうと疑問はあるが、今はまだ聞く時では無いのだろう。 乱太郎が伺っていると、兵太夫はふと真剣な顔になった。 「乱太郎は、好きな奴はいるか?」 「ええ!わ、私?」 「他に誰がいるんだよ」 「そうだけど!…うーん。兵ちゃん、分かってて聞いてる?」 「何を?」 「だから!私に好きな人がいないって、知ってて聞いてるのかって聞いてるの!」 「そんな訳ないじゃん。…でも、そっか。いないのか」 そっかそっかと、しきりに頷く兵太夫。 意味が分からないと言わんばかりに、乱太郎は眉を寄せた。 そんな乱太郎に気づいたのか、悪い悪いと兵太夫が笑う。 ほんとだよー、と呆れながらも乱太郎が微笑む。 暫しの和やかな空気が漂い、今まで硬くしていた体を解す余裕が生まれた。 そこにいきなりの質問と、あの顔、あの目。 驚き戸惑うのは当たり前だと乱太郎は考える。 しかし、別段断る理由も無いので、いいよ、で、どんなもしもの話?と乱太郎は兵太夫に問うた。 すると待ってましたと言わんばかりに、兵太夫はお馴染みの何か企んでる笑みを浮かべた。 しまった何かしくじったかと思うと同時に、兵太夫はこうじゃないと、と思う。 一人考える乱太郎に、兵太夫は爆弾を落とした。 「もしも、俺の好きな奴が男だったら、とか」 「………は?」 驚きの余り、乱太郎は普段から大きな目を更に大きくする。 眼鏡越しからでも分かるその変化に、兵太夫は笑わずにはいられなかった。 未だ固まっている乱太郎に、兵太夫は更に爆弾を落とす。 「もしも、その好きな奴が俺と同じクラスの奴だったら、とか」 「ちょちょちょちょ、ちょっと待って!しょ、処理能力が追いつかない…」 「ん、分かった」 平然とした表情の兵太夫を対称に、乱太郎の思考はこんがらがっていた。 (え?えっと、兵太夫の好きな人は男で、しかもは組?!ででででも、もしもの話って言ってるし…) まさか冗談かと思ったが、先程の兵太夫の表情や目からして、どうやら冗談では無い様だ。 (普通に考えれば三治郎?嫌でもきり丸とも結構息が合うみたいだし、息が合うと言えば団蔵…?) 喧嘩するほど仲が良いし、と本人達が聞けば卒倒する様な考えを平気でする乱太郎。 しかしどれもピンと来ない。では一体誰と言うのか。 乱太郎は別に男同士と言うのを否定している訳ではない。 むしろそれは忍者を目指す自分達にとっては、身近な物。 問題は相手が誰なのかと言う事だ。 ひとまず頭を冷やし、乱太郎は心を落ち着かせた。 そして、その心の何処かで乱太郎は、これを聞いてはいけないと叫んでいた。 もしかするとそれは乱太郎の危機感だったのかもしれないし、防衛本能だったのかもしれない。 しかしそんな叫びを完全無視して、乱太郎はとりあえずの疑問を口にする。 「えーっと…その好きな人って、もしかして、三治郎…?」 「なわけないでしょ。むしろあいつは敵だね」 「じゃあ、きり丸…」 「の方が厄介だな、っつーかあいつを好きになるなんてまず無い」 「だ、だんぞ…」 「幾ら乱太郎でもその冗談はきついよ?」 笑顔で脅す兵太夫に、ごめんなさい!と涙を浮かべながら乱太郎は謝罪をした。 しかし、こうなって来ると益々分からない。最早全員を言っていくしかないのだろうか。 頭を抱える乱太郎を見て、そろそろ頃合かと兵太夫は特大の爆弾を落とした。 「もしも、俺の好きな奴が、猪名寺乱太郎っていう、名前だったら」 「………………へ?」 長い長い沈黙の後、乱太郎は何とも間抜けな声を上げた。 理解が出来ないまま、乱太郎は力なく口を動かす。 「も、もう一回、言って?」 「だから、もしも俺の好きな奴が、乱太郎だったらって」 「………冗談?」 「じゃないって、乱太郎だって分かってるだろ?」 溜息を吐く兵太夫だが、その顔は見た事が無いほど赤く染まっていて。 そんな兵太夫を見た乱太郎は、唐突に全てを理解し。 兵太夫に負けず劣らず、顔を赤く染めた。 ぱくぱくと金魚の様に忙しく口を開閉する乱太郎を見て、兵太夫は顔を緩ませる。 こんな状況でも、可愛いと思うのだ。 惚れ込んでいるなあと思いながら、兵太夫は乱太郎の柔い肌に手を伸ばす。 包み込むように頬を撫ぜ、兵太夫は言葉を紡ぐ。 「そんな顔してくれるって事は…、脈ありと思ってもいいんだ?」 「えっ、だって、そんな事言われたら…!っていうか、いつ!何時から?!」 「さっきも言っただろ?自覚したのは最近だって。まあ、好きになってたのはもっと前だろうけどな」 「ななななっ…」 「はは、乱太郎、顔真っ赤」 兵太夫のせいでしょう!と乱太郎は口を手の甲で隠す。 そんな乱太郎を見て、兵太夫は満足したかのように微笑んだ。 その微笑みは、今まで見た事も無い程に優しく、綺麗で。 思わず乱太郎は見惚れてしまった。 そして兵太夫は、そんな乱太郎を抱きしめ、一言。 「ってな訳で、これからどんどんアピールしてくから、よろしく」 「え、え、ええええええ!?」 暖かい陽射しが射す穏やかな午後、乱太郎の叫びが学園中に響いた。 この後、乱太郎の叫びに駆けつけたは組が医務室で死闘を繰り広げ。 乱太郎が怒り狂い、小一時間程は組の面々を正座させた。 (後日、彼らのやり取りを見ていた後輩達は、彼等の様にはなるまいと固く誓っていた) (そしてその直ぐ後「猪名寺先輩を怒らすな」と言う条約が水面下で広がった) そして。 この日を境に、兵太夫の猛アタックが続き。 それに負けた乱太郎が、兵太夫と付き合いだし。 またまたは組大戦を引き起こす事になるのは、これから一年後のお話である。 ふざけてるわけじゃないんだ! (どうした乱太郎ってギャァァァァァ!) (どうした団蔵!乱太郎に何かあったのかってうわぁぁぁぁぁ!!) (団蔵黙ってきり丸も五月蝿い。…兵太夫、ちょっと表に出ようか?) (ど、どうしたの三治郎…?) (大丈夫だよ乱太郎、直ぐに終わらすから) (直ぐに終わらせれると思うか?) (…ねえ団蔵、きり丸。しんべヱ以外のは組に召集掛けて来て) (!わ、分かった!) (…さてと、じゃあ兵太夫。…全面戦争と洒落込もうか!!) (望む所!) (…おーい、私を忘れないでー…) お題提供:my friendゆうや